サンフレッチェ広島が、広島を去る日……その2 何時の世も、為政者は市民の生きる歓びを奪う。市民が無自覚であればあるほど。

僕は、最近いろんな事をあきらめている。

何に関しても、2ちゃんねるやFacebookの書き込みを見ても、3分の2は悪意丸出しの書き込みだ。

また、何十年も仕事をやってきて、最近思うのは、3分の1くらいのヤツは、「こいつ、自分が儲けること、あるいは自分が人から批判されないように、ということしか考えていないな」というとこ。

ま、頭が悪い(勉強が出来ないとかそういう意味じゃなく)ヤツが、ある集団のトップに立って、よかれ、と思ってやっていることが、とんでもない方向に進んでいる、というのもあるし。
これはマジにヤバいけどね。
マジにヤバいけど、仕方ないんだよ、そのリーダーを選んだヤツがいるんだから。

とにかく、いろんな事をあきらめている。
嫌なやつとは、二度と仕事はしたくないし。

そして、自分が儲けること、あるいは、自分の地位を確保することしか考えていない(結果としてそうなっているかもしれないが)奴が、あるグループのトップにたつと、そのグループ全体が、そいつたちのために、搾取されることになる。

まあ、そううことだ。

(話が長いので、結論を読みたい方は、ここをクリックしてくださいませ)

サッカーは、世界共通の生きる歓びになる可能性が高い

生きる歓び。
それは色いろあるだろう。
いろいろあるけど、ハレとケ、という観点から見てみると
ハレがあるから、ケを生きることができる。
ケがあるから、晴れが生きる歓びとなる。

その地域で生きていく時間の中で、ハレの代表は、祭りだ。

地域のケに根ざした、ハレの祭り。人はハレとケを行き来しながら、精一杯生きていく。

ケだけでは生きていけない。もちろんハレだけでも生きていけないけど。

そして、サッカーは、世界共通のハレの祭りになり得る可能性が高い。

既に、ヨーロッパでは多くの国が週末のフェスティバルになって、しっかり暮らしの中に溶け込んでいるし。
これはもともとサッカーは、ヨーロッパの祭りで行われたものだし、そこから展開されたものということもあるのだろうが。

もちろん、ヨーロッパに限らず、サッカーは世界的発展を見せている。
それはFIFAのマーケティングの巧妙さ(巧妙とすればだけど)によるところもあるのだろうが、手を使ってはいけない、ボールひとつで出来る、体力だけの勝負ではない、特殊な運動能力がなくてもだれでも楽しめる(もちろんプロのプレーヤになるためには特殊な運動能力は必要だけど)……とにかく、いろんな要素が重なって、世界に拡がりやすいとう幸運に恵まれた。
神様からのギフトに違いない。
ま、さっきも書いたように、もともとヨーロッパの祭りなんだけどね。

Jリーグは、地域の祭りになっていく

ヨーロッパの祭りであったサッカーは、世界に広まった。

そして、私の故郷、広島にもやってきた。

サンフレッチェ広島の前身とも言える、現マツダの東洋工業のクラブチームは、本当に強かった、伝説のチーム。

その伝説に恥じないように、私たちのサンフレッチェ広島は、雄々しく、楽しく、強く、広島らしいサッカーを毎年(特にここ数年)見せてくれている。

今年も、3月7日の開幕の日を皮切りに、毎週末、広島に関わる人たちのために、素晴らしい祭りを展開してくれるだろう。

人は、パンのみにて生きるにあらず。
ケの毎日をしっかり生きるために、週末のハレの日が必要だ。

週に一度のお祭りが、Jリーグであり、サンフレッチェ広島の戦いなのだ。

既に、日本のいくつかの地域では、Jリーグのクラブチームは、その地の人達の暮らしにしっかり根付き、生きていく力を与え始めている。
それは、感情的、心理的なことももちろんあるが、地域の経済を回すエンジンにもなり始めている。

そして、サンフレッチェは、広島を去っていく

ここ数年、本当に、こいつら自分のことしか考えてねーな、という奴らと仕事をした。
自分勝手な奴らで、公益、という名のもとに、自分が儲かるように、地位が高まるように、あるいは、地位が安泰になることしか狙っていない。

さて、広島はどうだろう。

私見だけど、今はJ1のクラブであるサンフレッチェ広島を、活かすも殺すも、市民次第だ。

事実とは関係ない話で、一般論として書くけど、

あるグループのリーダーが、
自分や自分の友だちだけの利益、あるいは自分の地位を確保するためにだけに、考えて行動することを、そのグループの人達が無自覚に許していると、そのグループの人達の生きる歓びは、奪われていくんだよ。

気づいた時には、そのグループの人達は、大切なものを失ってしまうんだ。

気づいた時には、遅いんだよ。
もう、悔やんでも、泣いても、どうやっても戻ってこない。
吉田兼好が徒然草で書いていたけど、
潮干狩りに行って、気づいたら、潮が満ちていて、自分の周りは海。
そんな感じだ。
それは、グループのリーダーも悪いが、
リーダーの無能さに気づかず、そのリーダーを選んでしまった人たちも、ダメなんだよ。

さて、広島はどうだろう。
サンフレッチェ広島という大切な宝物を大切にできるのだろうか。

ワン・イシュー? それはありえない。
でも、一事が万事って、言うからね。

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サンフレッチェ広島が、広島を去る日……その2 何時の世も、為政者は市民の生きる歓びを奪う。市民が無自覚であればあるほど。」への2件のフィードバック

  1. 安佐北熊

    はじめまして。
    サポーターである以前に広島市民ですから、
    我田引水したがる人見ると気分悪いし
    そういう人の多いこの街もうんざりします。
    再開発の進め方とかスタジアム問題にも
    表れてますよね。
    前社長はサンフレッチェの黒字を保てない、
    なら広島市にプロサッカークラブは
    求められてない とか言ってた記憶
    あります。 サンフレッチェのためには
    広島市にいないほうが良いのかも……(T_T)

    返信
  2. 女装カープ男子

    世界(ヨーロッパとその影響下にある国)にとってはサッカーは地域の祭りなのかもしれないけど、広島にとっての地域の祭りはカープだ。週に6度のお祭り、試合のない200日近いケを強く生きるためにシーズン143日プラスオープン戦、ポストシーズンというハレが必要なのではないのか。広島に住む人、広島で育ち今は別の地域に住む人たちにとって生きていく糧、生きる希望、地域とのつながりを再確認させてくれる存在、それがカープではないのか。人類と核兵器が共存できないのと同じように広島の地でカープとサンフレッチェは決して共存できない。クラブを存続させたければ広島でなくてもいいのでは。

    返信

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