誹謗中傷より、信頼と応援をを——連敗の今だからこそ、サンフレッチェ広島のサポーターでいたい【2026年3月】

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2026年3月22日、日本平。清水エスパルス3-1サンフレッチェ広島。

やりきれない思いを抱えてスタジアムをあとにしたサポーターも多かったのではないでしょうか。今季初の連敗。前節の名古屋戦に続き、またしても勝点を積み上げられなかった。デュエルで後手に回り、昨年まで広島の代名詞だった「前から奪う守備」が影を潜めた試合。SNSには早くも批判の声が並び始めています。

でも、少し立ち止まって考えてほしいのです。今、広島が置かれている状況を。


目次

データが語る「負けに値しない戦い」

まず、数字を見てください。

清水戦のシュート数は広島15本に対して清水11本。ゴール期待値(xG)は広島2.16、清水1.28。スタッツの上では、広島のほうが明らかに上回っていました。

後半には、キム・ジュソンのゴールがオフサイドで取り消され、川辺駿のヘディングはゴールラインを割ったかどうかの際どい場面でノーゴール。ガウル監督は「あの辺でゴールが決まっていれば、また全然違った展開になると思っていた」と振り返っています。

「試合全体を通じていえば、点差が離れたほど悪い試合ではなかったと感じている」

これはガウル監督の偽らざる本音でしょう。前半の2失点は痛かった。清水のハイプレスに押し込まれた。でも、チームが崩壊したわけではありません。後半には修正を施し、ジャーメイン良が意地の1点を奪い返した。

試合後、FW鈴木章斗も冷静に現状を分析していました。

「攻撃面でなかなか迫力を出せなかった印象です。僕ら前線の選手がもう少しでも時間を作る場面を増やせれば、試合の内容は変わっていたと思います。僕とジャメくん(ジャーメイン良)が時間を作って、後ろの押し上げを待って、そこからチャンスを増やしていければ良かったです」

批判でも言い訳でもなく、「次はどうすれば良かったか」を自分の言葉で語るエース。そして彼はこう続けます。

「監督の戦術はありますが、まずは4バックのほうが攻撃にかける人数が増えるので、どんどんアグレッシブに行ける部分はあります。ただ、相手を見てしっかりやれれば、3バックでも迫力は出せると思います。そこは関係ないかなと僕自身は思っています」

3バックか4バックかではない——システムを問わず、個々が役割を果たせれば迫力は出せる。この言葉には、チームの現在地を正確に見つめながらも、前を向いている選手の姿があります。


ガウル監督の言葉が示す、揺るぎない信念

バルトシュ・ガウル監督が広島にやってきたとき、彼はこう言いました。

「結果と若い選手の育成を追い求めていくのが私のビジョン」

育成と結果。この二つを同時に追い求めるのは、けっして簡単なことではありません。特に移行期は。

スキッベ前監督が3年かけて築いた「前線からプレスをかけ、高い位置でボールを奪う」システム。それを選手の体に染み込ませるには、膨大な反復練習と試行錯誤の時間が必要でした。ガウル監督も同じことをしようとしている。ただし、スタイルは少し違う形で。

就任会見でガウル監督はこう語っていました。

「毎朝”ダンケシェーン”ではなく、日本語でコミュニケーションを取っていきたい」

選手一人ひとりと言葉で向き合い、関係を築きながらチームを変えていく。それが彼のやり方です。

そしてガウル監督は連敗を受けてもこう語っています——「今は自分たちがやっていることを信じる時だ」と。

批判でも弁解でもなく、「信じる」という言葉。ブレない。揺れない。就任からわずか数ヶ月で困難な状況に直面しながらも、自分たちの方向性を疑わない指揮官の姿がそこにあります。

その芽が、今は嵐に揺れている。でも、根は枯れていない。


スキッベ→ガウル、移行期という名の試練

Jリーグの歴史を振り返れば、偉大な監督が去った後の「移行期」は、どのクラブも苦しんできました。

スキッベ監督体制の広島は、2022年から4年間かけてJリーグ屈指のデュエル強度と高い守備ラインを完成させました。選手の体と頭にDNAとして刻み込まれたサッカーを、新しい監督が来たからといって一夜にして書き換えることはできません。

しかも今シーズンは、トルガイ・アルスランの負傷離脱、ACLエリートでのジョホール戦(キム・ジュソンの退場を含む過酷な試合)、過密日程と、難しい要因が重なりました。

今の広島が苦しいのは、弱いからではありません。変わろうとしているから、苦しいのです。

ビルドアップの出口が見つからないとき、デュエルで競り負けたとき、それはシステムの過渡期に起きる「成長痛」です。鈴木章斗、松本泰志、東俊希、前田直輝——タレントは揃ってきた。あとは時間と、もう一つのものが必要です。


こういうときこそ、サポーターの真価が問われる

サポーターが批判するのは簡単です。

「監督の采配が悪い」「あの選手が弱い」「スキッベの方がよかった」

でも、少し考えてほしい。バルトシュ・ガウルは広島のために、ドイツから来た。毎日選手と向き合っている。川辺駿は、欧州から広島に戻ってきた。若い鈴木章斗は、湘南を離れて新天地に飛び込んだ。

彼らは全員、本気で「広島を強くしたい」と思っている。

スタンドから「頑張れ」と叫ぶか、批判の声を飛ばすか——その違いが、ピッチ上の選手に届かないわけがない。特に移行期は、スタンドの空気がそのままチームの空気になります。

かつてミハイロ・ペトロヴィッチ監督が2006年に独自の3-4-2-1システムを持ち込んだとき、選手もサポーターも慣れるまでに時間がかかりました。それでもスタンドがチームを支え続けた。そのスタイルを森保一監督が引き継ぎ、2012年・2013年・2015年と3度のJ1制覇を成し遂げた——あの黄金期は、苦しい時期を共に耐えたサポーターの力なしには語れません。


SNSで選手・監督を叩く人へ——あなたは本当にサポーターですか

ひとつ、はっきり言わせてください。

試合後にSNSで選手の名前を挙げて罵倒し、監督を人格ごと否定するような言葉を投げつける人——その人たちは、サポーターではありません。

サポーター(supporter)とは「支える人」という意味です。「支える」ふりをして石を投げる人を、サポーターとは呼びません。

もちろん、悔しさを言葉にしたくなる気持ちはわかります。サンフレッチェを愛しているからこそ、負けたときに感情があふれてしまうこともある。それ自体は、責めません。

でも、誹謗中傷は別の話です。毎日必死に練習し、試合に全力を尽くした人間に対して、画面の向こうから匿名で傷つける言葉を浴びせることに、どんな正当性があるのでしょうか。

そしてここで、もう一歩踏み込んで考えてほしいことがあります。

SNSの言葉は、その人の「普段の姿」の延長線上にあります。誰かが苦しんでいるときに叩く、うまくいっていないときに見捨てる、匿名の安全地帯から一方的に攻撃する——そういう振る舞いが、もしその人の日常の人間関係にも染み出ているとしたら、どうでしょう。

仕事で部下がミスをしたとき。家族が壁にぶつかったとき。友人が失敗したとき。

そのときも同じように、叩きますか?

人を支えることができない人は、人に支えてもらうことも難しくなります。厳しい言い方をするなら、選手や監督を傷つけることに快感を覚えているとしたら、それはサッカーの問題ではなく、その人自身の生き方の問題です。そして、そういう生き方は、必ずどこかで自分に返ってきます。

苦しいときに誰かを叩くより、苦しいときに誰かの隣にいられる人間でありたい。そう思いませんか。

広島を愛するなら、広島と一緒に苦しんでください。そして、一緒に立ち上がりましょう。


まとめ

連敗は、確かに痛い。悔しい。

でも、今の広島には方向性がある。若い力が育っている。ガウル監督という、誠実で有能な指揮官がいる。

「点差が離れたほど悪い試合ではなかった」——監督のその言葉を信じたい。データもそれを裏付けています。

叩くなら、ぜひピッチの選手への応援に変えてください。批判より、声援の方が、チームを前に動かす力がある。

苦しいときこそ、紫のユニフォームを着た仲間たちと一緒に戦う——それが、サンフレッチェ広島のサポーターというものではないでしょうか。

次の試合まで、待ちましょう。待ちながら、信じましょう。紫の未来を。


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