試合結果概要
| 項目 | 詳細 |
| 大会 | 天皇杯 JFA 第105回全日本サッカー選手権大会 準々決勝 |
| 対戦カード | FC東京 2-1 浦和レッズ |
| 試合日 | 2025年8月27日(水) 19:03 キックオフ |
| 会場 | 埼玉スタジアム2002 |
| 入場者数 | 17,495人 |
| 得点者 | 42分 金子 拓郎 (浦和レッズ) 52分 マルセロ ヒアン (FC東京) 65分 マルセロ ヒアン (FC東京) |
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序章:赤き要塞に渦巻いた期待と不安
2025年8月27日、夏の終わりの湿った空気が漂う埼玉スタジアム2002。17,495人の観衆が集ったこの「赤き要塞」は、天皇杯ベスト4進出をかけた一戦への期待と、拭い去れない不安が複雑に渦巻いていた 。
ホームの浦和レッズにとって、この試合は単なるカップ戦ではなかった。数日前のリーグ戦で柏レイソル相手に2点リードから悪夢のような逆転負けを喫しており、チームの自信は揺らいでいた 。サポーターの前でその悪夢を払拭し、復活を証明するためには勝利が絶対条件。ホームアドバンテージは、時として巨大なプレッシャーにもなり得る。この日の埼スタは、まさに固唾を飲んでチームの再起を見守る、巨大な圧力釜のようであった。
対するFC東京もまた、強い渇望を胸に敵地へ乗り込んできた。彼らが天皇杯の準決勝の舞台に立ったのは、2013シーズンが最後。実に12年もの間、このステージから遠ざかっていたのだ 。この長いトンネルを抜けるため、チームには新たなピースが加わっていた。夏にV・ファーレン長崎から加入した新戦力、MFマルコス・ギリェルメがこの大一番で初先発 。彼の未知数の才能が、膠着した戦況を打破する起爆剤となるか、注目が集まった。
さらに、この試合にはもう一つの個人的なドラマがあった。FC東京の守備の要、DFアレクサンダー・ショルツは、かつて浦和レッズの最終ラインに君臨した男。浦和退団後、初めて古巣の聖地である埼玉スタジアムのピッチに立つ 。彼の存在は、東京の守備に安定をもたらすだけでなく、試合に複雑な感情のレイヤーを加えていた。
浦和の雪辱か、東京の悲願達成か。それぞれの譲れない想いが交錯する中、運命のホイッスルが鳴り響いた。
スターティングメンバーと交代選手
| チーム | フォーメーション | スターティングメンバー | 交代選手 |
| FC東京 | 4-4-2 | GK: 81 キム スンギュ DF: 5 長友 佑都, 24 アレクサンダー ショルツ, 30 岡 哲平, 44 エンリケ トレヴィザン MF: 10 東 慶悟 (Cap.), 18 橋本 拳人, 27 常盤 亨太, 28 野澤 零温, 40 マルコス ギリェルメ FW: 19 マルセロ ヒアン | HT: 岡 哲平 → 6 バングーナガンデ 佳史扶 HT: 野澤 零温 → 33 俵積田 晃太 62分: 東 慶悟 → 39 仲川 輝人 73分: 常盤 亨太 → 37 小泉 慶 73分: マルセロ ヒアン → 14 山下 敬大 |
| 浦和レッズ | 4-2-3-1 | GK: 1 西川 周作 DF: 4 石原 広教, 3 ダニーロ ボザ, 5 マリウス ホイブラーテン (Cap.), 88 長沼 洋一 MF: 25 安居 海渡, 11 サミュエル グスタフソン MF: 77 金子 拓郎, 8 マテウス サヴィオ, 24 松尾 佑介 FW: 17 小森 飛絢 | 62分: 小森 飛絢 → 14 関根 貴大 77分: 安居 海渡 → 6 松本 泰志 77分: 金子 拓郎 → 12 チアゴ サンタナ 87分: 石原 広教 → 26 荻原 拓也 87分: サミュエル グスタフソン → 9 原口 元気 |
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出典:
前半 – 浦和の理想、東京の忍耐
キックオフの笛が鳴ると、前半のピッチは浦和レッズが描いた理想郷そのものだった。マチェイ・スコルジャ監督の指示通り、選手たちは前線から猛烈なハイプレスを敢行し、FC東京のビルドアップを機能不全に陥れた 。
その支配力は、数字にも明確に表れていた。試合開始から15分間のボールポゼッションは、実に浦和が74%を記録 。試合巧者のFC東京を相手に、ボールに触れることすら許さない。前半終了時のポゼッションも57%と、浦和が終始ゲームの主導権を握り続けた 。試合後、スコルジャ監督が「前半は非常に良いパフォーマンスだった。われわれの目指していた形でゲームコントロールがしっかりできていた。ハイプレスもかなりうまくいっていて、そのハイプレスから得点も生まれた」と語ったように、すべては浦和のプラン通りに進んでいた 。
浦和は次々とチャンスを作り出す。31分にはマテウス・サヴィオが強烈なシュートを放つが、これはFC東京の守護神キム・スンギュがセーブ 。しかし、浦和の圧力は弱まることなく、ついに均衡が破れる時が来た。
前半42分、浦和の戦術が完璧に結実する。中央突破からFW小森飛絢が絶妙なパスを供給。これに抜け出したMF金子拓郎が冷静に左足を振り抜き、ボールはゴール左隅に突き刺さった 。狙い通りのハイプレスから生まれた、まさに理想的な先制点だった。
一方のFC東京は、ひたすら耐え忍ぶ45分間を強いられた。浦和のプレスの前に攻撃の形を全く作れず、前半のシュートはわずか2本に終わる 。焦りからか、21分に橋本拳人、25分に常盤亨太が立て続けにイエローカードを受けるなど、守勢に回る苦しい展開が続いた 。しかし、彼らの奮闘は無駄ではなかった。圧倒的に攻め込まれながらも、失点をこの1点に抑えたこと。この「屈したが、折れなかった」という事実が、後半の奇跡劇へのわずかな望みを繋ぎ止めていた。
転換点:松橋監督がハーフタイムにかけた魔法
0-1で迎えたハーフタイム。FC東京のロッカールームは重い空気に包まれていたはずだ。しかし、ここからの15分間が、この試合のすべてを塗り替える転換点となった。松橋力蔵監督は、戦術的な修正と同時に、選手たちの心に魔法をかけた。
まず、指揮官は大胆な選手交代を決断する。MF野澤零温とDF岡哲平に代えて、ドリブルで局面を打開できるMF俵積田晃太と、攻撃的なDFバングーナガンデ佳史扶をピッチに送り込んだのだ 。これは、守勢に回っていたチームの流れを、攻撃へと強制的に切り替えるという明確なメッセージだった。
だが、本当の魔法は言葉にあった。松橋監督は、技術や戦術以前に、選手たちのメンタリティに問題があることを見抜いていた。彼は後に、ハーフタイムの指示についてこう語っている。「もう失うものなど何もない。そんなにビビってサッカーをやるなという話をしました。ここまで少しネガティブな感じでやっている部分があったので、今日の試合前のミーティングでも自分の強みを出してくれ、と」 。
この言葉は、選手たちを縛り付けていた恐怖という名の鎖を断ち切った。前半のFC東京は、浦和のプレスを恐れ、ミスを恐れ、自分たちの持ち味を完全に失っていた。松橋監督の檄は、単なる戦術指示ではなかった。それは「恐れずに戦え。自分を信じろ」という、魂の解放宣言だった。この心理的なリセットこそが、後半の劇的な逆転劇を生み出す真の触媒となった。交代カードは戦術の道具だったが、選手たちの闘争心に火をつけた監督の言葉こそが、この試合最大の勝因だったのである。
後半 – 英雄ヒアンと新戦力ギリェルメが起こした化学反応
松橋監督の魔法にかかったFC東京は、まるで別のチームのように後半のピッチに現れた。その変化は、開始わずか2分で訪れる。ギリェルメのパスを受けたFWマルセロ・ヒアンが左足でシュートを放ち、ゴールこそならなかったものの、浦和ゴールを脅かす 。これは、反撃の狼煙を上げる強烈な一撃だった。
そして後半7分(52分)、ついに同点ゴールが生まれる。ペナルティエリア左に侵入したギリェルメがチャンスメイク。こぼれ球を拾ったヒアンが、巧みなボールコントロールで相手DFをかわしながらシュートコースを作り出すと、右足を一閃。ボールはゴール右隅に吸い込まれ、スコアは1-1の振り出しに戻った 。
このゴールで勢いに乗った東京の攻撃を牽引したのは、英雄ヒアンと新戦力ギリェルメの二人だった。ヒアンがゴール前で決定的な仕事をこなすフィニッシャーなら、ギリェルメは疲れ知らずのダイナモとして右サイドを蹂躙し続けるクリエイター。この二人が起こした化学反応は、浦和の守備陣をパニックに陥れた。
そして後半20分(65分)、試合を決定づけるスーパーゴールが生まれる。後方のショルツから送られた一本のロングフィード。これに反応したギリェルメが、右サイドを「鋭い突破」で切り裂き、中央へ完璧なクロスを送る 。そこに走り込んできたのは、またしてもヒアン。彼はこのチャンスを逃さず、冷静にゴールネットを揺らし、ついに2-1と逆転に成功した 。
しかし、この逆転劇は計り知れないほどの代償を伴っていた。2ゴールの英雄ヒアンは、直後の73分に足を攣らせ、担架でピッチを後にする 。さらに、交代枠を使い切った後には、獅子奮迅の活躍を見せたギリェルメ、さらにはDFエンリケ・トレヴィザンまでもが足を攣らせてしまう 。それでも彼らはピッチに立ち続けた。試合後、ギリェルメは「約2か月試合に出場していなかった。足を攣ってしまいチームに迷惑をかけてしまったが、最後の最後まで諦めずにプレーすることを意識した」と、苦闘の裏にあった強い想いを明かした 。その姿は、スキルや戦術を超えた、チームの勝利への執念そのものであった。
終盤の攻防と分かれた明暗
逆転を許した浦和は、ホームの意地を見せるべく猛反撃に転じた。スコルジャ監督は次々と攻撃的なカードを切り、77分にはFWチアゴ・サンタナ、87分には元日本代表MF原口元気といった実力者を投入し、ゴールを目指す 。
ここから試合終了までの約20分間は、まさに浦和による一方的な包囲攻撃となった。ボールは常にFC東京陣内にあり、浦和は波状攻撃を仕掛け続ける。後半44分にはチアゴ・サンタナが、48分には松本泰志がゴールに迫るが、シュートはわずかに枠を捉えられない 。試合終了間際の後半55分には、ペナルティエリア手前で絶好の位置のフリーキックを獲得。キッカーのマテウス・サヴィオが直接狙ったが、この決定機もGKキム・スンギュのファインセーブに阻まれた 。最終的に、この試合のシュート数は浦和の12本に対し、東京は8本。数字の上では、浦和がより多くのチャンスを作り出していた 。
しかし、FC東京の守備は最後まで崩れなかった。後半の途中から攻撃のタクトを振るっていたチームは、リードを奪うと一転して堅牢な守備ブロックを形成。この戦術的な成熟度こそ、彼らがカップ戦を勝ち抜く強さを持っている証左だった。特に古巣相手に燃えていたショルツを中心とした最終ラインは、体を張り続けて浦和の猛攻を跳ね返し続けた 。10分近くにも及んだアディショナルタイムの最終盤、90+9分に長友佑都が受けたイエローカードは、この死闘の激しさを物語っていた 。
そして、長いホイッスルの音が埼スタに響き渡る。ピッチに倒れ込むFC東京の選手たち。その表情には、極度の疲労と、それを上回る歓喜が浮かんでいた。対照的に、浦和の選手たちは呆然と立ち尽くす。赤き要塞に響いたのは、首都クラブの凱歌と、ホームチームの悲痛なため息だった。
分析:なぜ東京は蘇り、浦和はまたも崩れたのか
この劇的な逆転劇の裏には、何があったのか。それは、両チームの精神的な強さの差が如実に表れた結果だった。
FC東京が蘇った要因は明確だ。松橋監督によるハーフタイムでの心理的なリセット、交代選手の活躍、ヒアンとギリェルメの個人技、そしてチーム全員が足を攣らせながらも戦い抜いた不屈の精神。これらが完璧に噛み合った結果だった 。
一方で、浦和の崩壊は根深い問題を浮き彫りにした。スコルジャ監督自身が、敗因を率直に認めている。「(1失点目の後は)チームがよりナーバスになってしまい、落ち着いてプレーすることができませんでした」 。この言葉は、浦和の選手たちが逆境において冷静さを失う、精神的な脆さを抱えていることを示唆している。
この問題は、この試合に限ったことではない。リーグ戦の柏戦に続く、公式戦2試合連続の逆転負けという事実がそれを証明している 。先制点を挙げた金子拓郎の言葉は、さらに重い。「後半に失点したり逆転されたりすることが本当に多いのが現状なので、そこをチームとして変えていかないと、勝ち点3は取れないと思います」 。選手自身が、この悪癖を「現状」として認識しているのだ。
ここから見えてくるのは、浦和が抱える負の連鎖である。一度の逆転負けがチームに不安の種を蒔き、その不安が次の試合での逆境時に「またか」というトラウマを呼び起こす。FC東京の同点ゴールは、単なる1失点ではなかった。それは、浦和の選手たちの心に巣食う悪夢を呼び覚ますトリガーとなってしまったのだ。彼らはFC東京と戦うと同時に、自分たちの内なる悪魔とも戦わなければならなかった。スコルジャ監督は交代策で流れを変えようとしたが、一度崩れ始めた心のダムを止めることはできなかった 。戦術で完璧な前半を演出できても、逆境におけるチームのメンタルを立て直すという、より困難な課題が彼に突きつけられている。
次章へ:約束の「東京ダービー」と、浦和に残された課題
この90分間の死闘は、両クラブのシーズンを全く異なる方向へと導いた。
死闘を制したFC東京の次なる舞台は、11月16日に行われる準決勝 。そこで待ち受けるのは、同じく準々決勝でJ1の強豪・鹿島アントラーズを3-0で粉砕したFC町田ゼルビアだ 。天皇杯の決勝進出をかけた、まさに究極の「東京ダービー」が実現することになった 。伝統ある首都クラブFC東京と、今季Jリーグに旋風を巻き起こしている新興勢力FC町田ゼルビア。この対決は、スタイルの激突でもあり、東京のサッカーファンにとって見逃せない一戦となるだろう。この逆転勝利で得た自信と勢いは、FC東京のシーズン後半戦を力強く後押しするに違いない。
