バルトシュ・ガウル監督が広島に来て、何かが変わった気がする。得点が増えたとか、順位が上がったとか、そういう数字の話ではなく、もっと根っこのところで。選手一人ひとりが「育っている」のを感じる、と言えばいいでしょうか。
今季のサンフレッチェ広島に漂う空気は、そんな言葉がしっくりきます。
広島という哲学――今西和男から続くもの
サンフレッチェ広島には、他のJクラブと少し違う「原則」があります。
それは、「選手は自前で育てる」という哲学です。
クラブ創設期から長く強化部門を牽引した今西和男氏が根付かせた考え方で、当時は「予算がないから」という物理的な制約もありました。大金を積んでスターを連れてくることができないなら、地道に若い原石を磨くしかない。その必要性が、やがてクラブのアイデンティティへと昇華していきました。
しかし注目すべきは、予算の問題が解消された今も、この哲学が変わっていないことです。「育てる」ことは、コストカットの手段ではなく、サンフレッチェ広島にとって「強くなるための方法論そのもの」になっているのです。
ミハイロ・スキッベ前監督もその哲学の継承者でした。若手を積極的に使い、攻撃的なサッカーで2度のリーグ制覇を達成した。その功績は疑いようがありません。
では、バルトシュ・ガウル監督は?
ガウルの成長戦略――個とチームを同時に育てる
ガウル監督を一言で表すなら、「育成の人」です。
ポーランドのクラブ・コルナ・クラクフやヤギエロニア・ビャウィストクで指揮を執った経歴は、いずれも若手の育成と戦術の落とし込みで評価を高めてきた歩みです。その手法は「コントロールする」のではなく「信じて解放する」こと。選手に自主性と判断を与え、その成長を待つ。急かさず、しかし明確な方向性を示す――そんなスタイルです。
ガウル監督の”成長戦略”には、大きく2つの柱があります。
ひとつ目は、個の成長。
選手一人ひとりのスキルや理解を、監督が意図的に引き上げていく。
ふたつ目は、チームとしての成長。
個が育つことで組み合わさりが豊かになり、チーム全体のパフォーマンスが上がっていく。この2つが連動したとき、サンフレッチェ広島は本当の意味で「強いチーム」になります。
荒木隼人の変貌――CB対人王からビルドアップの起点へ
最もわかりやすい成長の具体例が、DF荒木隼人です。
荒木といえば、空中戦とフィジカルコンタクトで圧倒する「対人最強センターバック」のイメージが長く定着していました。相手FWを跳ね返すことにかけては、Jリーグ屈指の実力者です。
しかしガウル体制になって以降、荒木の役割は変わりつつあります。
今の荒木は、最終ラインからのビルドアップに積極的に参加しています。3バックの中央に位置しながら、サイドバックや中盤への正確なパスを供給し、攻撃の起点としても機能するようになった。ボールを持ってプレスをかわし、局面を前に進める――そのプレーの質が、明らかに向上しています。
これはガウル監督が荒木に求め、荒木が応えた成長の軌跡です。守備の選手が攻撃面でも貢献できるようになること。それがチーム全体の幅を広げることを、監督はわかっている。
中村草太と新井直人――「ピッチを離れられない」若武者たち
FW中村草太は今季、まさにブレイクの年を迎えています。
3月14日のG大阪戦でもゴールを挙げ、ガウル監督から「ソウタを誇りに思います」と名指しで称えられました。試合後のコメントで「ピッチを離れたくなかった」と語った言葉が、彼の今を象徴しています。ゴールデンルーキーと呼ばれた才能が、今まさに殻を破ろうとしている。
MF新井直人もそうです。もともと攻撃的な能力を持ちながら、守備の安定性やポジショニングの精度を高め、「中盤で試合を動かせる選手」へと進化しつつある。G大阪戦の先制点は、その集大成とも言えるゴールでした。
ガウル監督が称えたのは、彼らの「結果」だけではありません。日々の練習への向き合い方、ピッチへの執着、成長しようとする意志そのものを、監督は見ていたのだと思います。
まだ見ぬ成長――前田直輝ら離脱組の復帰が楽しみなわけ
現在、前田直輝ら数人が負傷離脱中です。
彼らが戻ってきたとき、どんな姿を見せてくれるのか。見ていた、学んでいた、悔しかった――そういう感情とエネルギーが、選手を次のステージに連れて行くことは多い。「このままではダメだ」という危機感もまた、成長のエンジンになります。
ガウル監督がいるチームでは、出ていない選手も競争の渦中にいます。ポジティブな競争の空気が、チーム全体に行き渡っている。それが今の広島の強さの源泉のひとつです。
「コントロールする」ではなく「信じて解放する」
かつて欧州では、「選手をコントロールすることこそが監督の仕事」という考え方が一時期強くありました。戦術を徹底させ、個の判断を最小限にし、システムの歯車として機能させる。
しかしガウル監督の哲学は、それとは正反対の場所に立っています。
選手を信じる。任せる。育てる。そして信じた選手が「勝利」という形で応えてくれることを、心の底から喜ぶ。「このチームがこのような戦いを見せてくれて、とても幸せです」――3月14日のG大阪戦後に語ったこの言葉は、そんな哲学の結晶です。
ACL敗退後、外から「FWの補強が必要では」という声が上がりました。しかしガウル監督はこう言い切りました。「私は決して新しい点取り屋が必要だとか、そんなことは言わない。今いる選手たちを信頼している」と。
この一言で、選手たちがどれだけ動かされたか。想像するだけで胸が熱くなります。
信頼の裏にある厳しさ――「怒りを感じるぐらい」の要求
ただし、誤解してはいけません。ガウル監督の「信じて解放する」は、決して甘やかすことではありません。
3月18日の名古屋グランパス戦(J1第7節)後、ガウル監督はこう語りました。
「前半については正直すごく残念です。怒りを感じているぐらい、選手たちの動きが緩かったですし、頭の回転も全然回っていなかった」
さらに続けます。「構造とか戦術とかという前に、まず戦うところで全然ボールにも行けていなかったですし、相手の背中を追うような形になってしまいました」
この言葉は重要です。ガウル監督が選手に求めるのは、戦術の遂行だけではない。戦う姿勢、ピッチへの執着、頭を動かし続ける意志――そういう、人間としての根っこの部分を、誰よりも厳しく求めている。
ハーフタイムに選手に直接その言葉を届け、後半の「素晴らしいリアクション」を引き出した。これが、ガウル監督の成長戦略の本質的な一面です。
同時に、こんな言葉も残しました。「セットプレーでやられてしまったというのは自分たちの課題。良い試合をした中で、試合を決めかねないセットプレーについては改善していかなければならない」
問題から目を背けず、率直に認める。そして改善を求める。こうした誠実さが、選手の信頼を勝ち取り、次の成長につながっていくのです。
まとめ――サンフレッチェ広島は世界に誇れる広島の宝物
スキッベ前監督の広島は、間違いなく素晴らしかった。攻撃的で躍動感にあふれ、2度のリーグ優勝は本物の強さの証でした。
ガウル監督の広島は、その次のステージへ向かおうとしています。スタープレーヤーに依存しない、誰が出ても水準を落とさない、選手全員が成長し続けるチーム。今西哲学が撒いた種が、ガウル監督という水と光を得て、また新しい花を咲かせようとしている。
「育てる、信じる、強くなる」――これが、バルトシュ・ガウルがサンフレッチェ広島にもたらした成長戦略の本質です。
広島は世界に誇れる宝物です。そしてその宝を磨く監督が、今ここにいる。紫の未来は、確かに明るい。
ガウル広島の「成長の瞬間」をリアルタイムで見届けよう
前半に怒りをあらわにし、ハーフタイムに選手へ直接言葉を届け、後半に「素晴らしいリアクション」を引き出す――そんなドラマが、毎試合ピッチで起きています。
データや記事で追うのも楽しいですが、やっぱり選手がボールを追い、監督が指示を出し、サポーターが声を張り上げる90分間をリアルタイムで体感するのが一番です。
J1百年構想リーグの全試合をはじめ、ガウル広島のすべての戦いを映像で追えるのが DAZN(ダゾーン) です。
