東俊希は王子である。でも、そろそろ王様になろうとしている。7番を自分から欲しがった男の話……相手の一部の酷い選手のために荒れてしまったゲームを、爽やかなゴールで決めた男

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2026年9月19日(土)、ベスト電器スタジアム。

9人になった福岡が、引いて、固めて、もうびくともしない。広島はシュートを打つ、打つ、打つ。でも入らない。ああいう時間って、観ている方が疲れますよね。

後半23分。ペナルティエリアの外で、左足が振り抜かれた。

入った。

0-1。この試合、生まれたゴールはこれひとつだけです。「スーパーミドル。(小林)志紋がいいボールをくれたので、イメージ通り」。中国新聞によると、東俊希は試合後にそう胸を張ったとのこと。背番号「7」を背負ってから、これが今季初得点でした。

僕はずっと、あの人のことを「王子」だと思っています。

まあ、あの顔立ちのこともある。正直に言いましょう、あれはプリンスですよ。でもそれだけじゃない。左足でボールを扱っているときの、あの佇まい。品があるんですよね。荒れて荒れて、カードが飛び交って、担架が入ってきて、もうめちゃくちゃになった90分の中で、あの一振りだけが、別の時間を流れていた。

そして、思ったんです。

この王子、そろそろ王様になろうとしてないか、と。

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目次

愛媛から来た少年が、広島を選び続けている

東俊希は2000年7月28日、愛媛県大洲市の生まれです。

広島の人じゃないんですよ。地元のFCゼブラから、2016年にサンフレッチェ広島ユースへ。10代で海を渡って、単身で広島の寮に入った。

2018年、ユースに在籍したままトップチームに2種登録されて、8月22日の天皇杯3回戦・名古屋戦でデビュー。同じ年の9月にプロ契約を結んでいます。2019年にはU-20ワールドカップのメンバーにも入った。

ここ、大事なところだと思うんです。

彼は広島で生まれた選手ではない。広島に来て、広島で育って、そして広島に残ることを選び続けている選手だ。

生まれた土地にそのまま居続けるのと、自分の意志で「ここにいる」と選び直し続けるのとでは、覚悟の質が違いますよね。全然違う。

その覚悟が、いちばんはっきり形になったのが、今年の夏でした。

誘いを断って、残った

2026年6月。東の移籍情報が、ネット上をずいぶん駆けめぐりました。

結果として、彼は残った。クラブは契約更新を発表しました。

このあたりの経緯を正面から取材されているのが、1995年からずっと広島を追いかけている中野和也さんの連載「サンフレッチェ情熱記」の第37回です。footballistaに載っている記事で、冒頭にこう紹介されています。国内外から届いた誘いを断り、広島残留を決断した東俊希、と。腰椎分離症、そして選手生命すら危ぶまれたコンパートメント症候群を乗り越えた彼が、なぜ「広島でプレーできるのは幸せ」と語るのか。

有料記事なので、僕が中身を紹介するのはここまでにしておきます。東俊希という選手を知りたい方は、ぜひご自身で読んでみてください。いい記事ですよ。

条件のいい話は、絶対にあったはずです。

それでも、広島にいることを選んだ。移籍が当たり前になったこの時代に、これがどれだけ珍しいことか。

そして彼は、「7」を自分から取りに行った

残留を決めた東が、次に何をしたか。

背番号を変えたんです。24番から、7番へ。しかも、クラブから「これを着けてくれ」と渡されたのではない。自分から志願した。

広島にとって7番が何なのか。古くからのサポーターの方には、説明するまでもないでしょう。

Jリーグ開幕戦でこの番号を背負っていたのは、森保一。そして2002年から長く着け続けたのが、森崎浩司です。左利きのアタッカーで、正確なキックでセットプレーのキッカーも務めた選手。

左利き。正確なキック。セットプレー。

……東俊希のプロフィールと、一字一句違わないんですよ、これ。

中国新聞は背番号変更を報じた記事に「サンフレユース出身レフティーの伝統受け継ぐ」という見出しを立てています。そして東本人の言葉も。「結果を必ず出さないといけないし、自信もある」。

欲しがるだけなら、誰にでもできます。

重い番号を自分から取りにいって、しかも「結果を出す」と先に言い切る。これはね、王子の所作じゃない。王様になる覚悟を決めた人間の言い方です。

銀のカップは、あの左足が持ってきた

で、彼がその言葉を裏付ける資格を持っているかというと、これがもう、証明済みなんですね。

2025年11月1日、国立競技場。ルヴァンカップ決勝、柏レイソル戦。62,466人。

前半25分、中野就斗のロングスローを荒木隼人がヘディングで叩き込んで先制。そして38分、中村草太が倒されて得た直接FKのキッカーとして立ったのが、東でした。

左足から放たれたボールは、きれいな弧を描いてゴール右へ。広島公式サイトの試合レポートは、これを「華麗なキック」と書いています。

試合は3-1。広島は2022年以来2度目のルヴァンカップ制覇です。3-1ですから、勝敗を決めたのはこの2点目ということになる。サッカーマガジンWEBはこれを「決勝点」と報じていて、しかも東は左足を痛めた状態で決めていた。

サッカーキングの記事の見出しに、彼のこんなコメントが残っています。

あんなFKなかなか決められない。みんなの思いが僕の左足に詰まった

いい言葉だなあ。

クラブに銀のカップをもたらしたのは、他でもない、あの左足だったわけです。2024年にはJ1優秀選手賞にも選ばれている。シーズン移行初年度の百年構想リーグでは、3ゴール7アシストでアシスト王。

もう、十分でしょう。

王様というのは、責任を引き受ける人のことだ

王子と王様の違いって、何でしょうね。

血筋でもないし、顔立ちでもないし、人気でもない。誰が責任を引き受けるか、だと僕は思うんです。

9月19日の福岡戦は、広島にとって最悪の夜でした。松本泰志が担架で運ばれて、試合後には松葉杖姿が報じられた。前半だけでVARが5回介入して、福岡は2人が退場している。荒れて、止まって、感情が乱れて、試合のリズムなんてどこにもなかった。(この試合のことはこちらの記事に書きました)

ああいう試合を、最後に決めるのは誰なのか。

ゴールはひとつしか生まれなかった。そのひとつを、7番が決めた。仲間が倒されて、空気がこれ以上ないくらい濁った夜に、勝点3を持って帰る仕事をやり遂げたのが彼だった。

偶然だとは思いません。

重い番号を自分から欲しがった人間には、重い場面が回ってくる。そして回ってきた場面で結果を出す。それを何度も何度も繰り返した先に、「王様」という呼び名があるんだと思います。

王子から、王様へ

だから僕は、東俊希のことをこう呼びたいんです。

王子から、王様へ。

愛媛から来た少年が、広島を選んで、広島を選び直して、7番を自分から背負った。カップを獲って、アシスト王になって、あの最悪の夜の決勝点を沈めた。

まだ26歳ですよ、彼。

これから広島が獲るべきタイトルの、その真ん中には必ず彼がいます。いつか胸を張って「あれがうちの王様だ」と言える日が来る。僕はそう信じています。

そのときまで、この7番をしっかり見ておきたいと思うのです。

……まあ、その前に、松本泰志の怪我が軽いことを祈りましょうか。

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参考・出典

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