さらば佐藤寿人。でも、絶対広島に戻ってきてくれ。このままお別れは、そりゃないよ

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【今日の一言】
寿人選手が流した涙は2回。その1回目は最高、1回目は切なすぎる。だから……

天皇杯準々決勝。サンフレッチェ広島は鹿島アントラーズに為す術無く1対0で破れてしまった。ゲーム終了を告げる審判の増えたカシマスタジアムに響いたその瞬間、佐藤寿人選手の、広島時代が、終わった。
両チームの挨拶が終わり、広島の戦士たちが立ち見で埋まったアウェイ(天皇杯にアウェイという概念があるかどうかちょっとわからないんだけど)のスタンドに挨拶に移動する。
私の記憶が正しければ、寿人選手は、最も遅れてスタンドに歩いてきた。そして、寿人は泣いていた。
もう、サンフレッチェ広島の選手として戦うことはない。
サンフレッチェ広島を離れなくてはならない。

万感の思いが、遠くカシマスタジアム(本当に遠い。ある意味、日本で一番遠いスタジアムだ)まで足を運んだサンフレッチェ広島サポを前にして、心の奥からの涙をこぼさせたのだと思う。インタビューでもスタンでに掲げられた寿人自信へのメッセージを読むともう涙がこらえきれなかった、と答えていた。

正直、何とかならなかったのか、と思う。しかし、仕方ないのか、とも思う。

ここ数年の、サンフレッチェ広島は、誤解を恐れずに言えば「佐藤寿人のチーム」だった。
寿人の代名詞であるワンタッチゴール、それを決めるために多くの決め事が逢ったと言っていい。
事実、寿人はゴールを量産し続けて、よく言われる「4年で3度の優勝」という偉業をサンフレッチェ広島に、そして私達サポーターにもたらしてくれた。

一つ前の記事にも書いたが、時は流れる。寿人は未だ全盛期だが、チームは変わっていかなければならない。変わらなければ毎年力は確実に落ちていき、ある時突然、弱体化する。これはあらゆる歴史が証明していることだ。
森保監督のマネジメントが正しかったのかどうかは、わたしは専門家ではないのでわからないが、育てながら勝つ、という目標に対しては感覚的には100点満点中40点くらいなのではないかと思う。(他の部分はもっと高い得点だと思うけど)

寿人のサンフレッチェ広島のラストゲームとなったカシマスタジアムでは、もう一つ感動的なシーンが有った。
広島のサポーター席から寿人のチャントが繰り返し歌われていた時、鹿嶋サイドのスタンドからも、いや、全スタンドもそのチャントに合わせて手拍子を鳴らしていた。いや、歌っている人もいたように思う。
佐藤寿人選手に、その声と手拍子は、間違いなく届いたはずだ。

私は、寿人選手の涙を2回見たことが在る。
1回目は、初優勝の時。エディオンスタジアムのピッチで。喜ぶより、広島の人たちに少しだけ恩返しができた、という想いから、寿人は膝をつき涙を流した。
2回目は、先週のカシマスタジアムだ。サンフレッチェ広島とそのサポーター・ファンと別れなければならないその切なさからの涙だった。

私達、サンフレッチェ広島のファン・サポーターは、寿人選手3回目の涙を見ることは、あるのだろうか。
あるとすれば、その時の寿人は、サンフレッチェ広島の人なのだろうか。その涙は、多くの人を幸せにする涙涙なのだろうか。
そうであることを、切に祈る。

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