月別アーカイブ: 2016年11月

コンサドーレ札幌と清水エスパルスがJ1復帰、おめでとう 寿人がいてくれたから、サンフレッチェ広島はJ1で戦うことが出来た

J2が全てのリーグ戦の日程を終えた。
自動昇格クラブは優勝のコンサドーレ札幌と準優勝の清水エスパルス。
松本山雅とセレッソ大阪、京都サンガ、そしてファジアーノ岡山でプレイオフ。
一方でJ3へ降格のクラブもあり、この時期のJ2は、本当にいろいろあって大変だ……。
なんて、毎年思っていたけれど、
今年は、サンフレッチェ広島が大変だ。
佐藤寿人がクラブを出る可能性が高い。

中国新聞と中日新聞が同じ内容の記事を出しているところなんか、どうもきな臭いんだけど、
それでも、寿人は名古屋グランパスへ移籍する可能性は高いだろう。
もちろんまだ決定でもないだろうから、私達サポーターは、最後の最後まで諦めず、寿人に広島にいてくれるようにメッセージを送り続けるべきだけど。寿人がどんなゲームでも最後まで諦めなかったように。

J2の昇格争いを目の当たりにすると、
今、サンフレッチェ広島がJ1で戦うことができているのも、佐藤寿人が広島にいてくれるから、という思いが強くなる。
もちろん、これまでに関わった紫の戦士たち、スタッフ、そしてサポーターのみんなの力で、J1の戦っているわけだけど、そんななかでも、寿人の存在は大きい。これは誰もが認めるところだろう。
その寿人が広島を去ってしまったら……

正直、寿人が出なかったゲームは、フォーメーションがバラバラでした。攻撃も守備も。
誰かがシュートを打っても誰も詰めないし。これで得点できず勝ち点を落としたゲームは数知れず。寿人がピッチにいたらあんなことはなかったでしょう。
サンフレッチェ広島は、ずいぶん来季は厳しいでしょうね。
誰しもが、予想すると思うけど、降格、十分にあり得ますよ。
もちろん、そうならないように必死で応援するけど……。

寿人が去って、来季が始まると、今回のフロントと監督のやったことがどれだけ間違っていて大変なことか、わかるでしょう。
それでも、しっかり戦っていくしかないことはわかっていますが。

おっと、この文章の最初のテーマに戻しましょう。
コンサドーレ札幌と清水エスパルス、おめでとうございます。
プレイオフは、広島の隣の、ファジアーノに勝ち上がって欲しいなあ……。

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君の名は。とサンフレッチェ広島と、僕と。そして寿人と。

2012年は、僕にはいろいろな意味で忘れられない年となった。全般的にはいい年じゃなかったけど、ひとつだけいいことがあった。僕が愛するサンフレッチェ広島が、初めてリーグ優勝を果たした。
何を今更、と思う人がいるかもしれないけど、僕はこの秋、思いもかけないことで、2012年のことを思い出した。

もともと映画は好きだ。なんとか時間を作って映画館に行くようにはしてるけど、AmazonビデオやTSUTAYAに頼ることが多い。ただ、今年は「これは映画館で見ないと魅力が100分の1以下になるな」と感じた映画が今日までに2本あった。「シン・ゴジラ」。そして「君の名は。」
この2本の映画に、映画館で観る機会を得たことは、とても幸せなことだ。

「君の名は。」に関しては、それほど情報も入れずに映画館に足を運んだけど、その御蔭でリアルに椅子と身体が一瞬離れるほど飛び上がった。つまり衝撃を受けた。まあ、見た人はわかるけど見ない人はわからないだろうな。
今日のテーマは、「君の名は。」の衝撃じゃなくて、「君の名は。」のテーマソングや挿入歌を歌っていたラッドウインプス。
そう、「君の名は。」のテーマソングを聴いて改めて思い出したのは「君と羊と青」。

「君と羊と青」は2011年に発表されたラッドのアルバム「絶体絶命」に収録されている曲で、私の記憶が正しければ、2012年のNHK BS1のJリーグ中継等で使われていた楽曲だ。
最初にも書いたけど、この年はサンフレッチェ広島が調子がよく、毎週ドキドキしながら中継やJリーグタイムを見た。
その年、サンフレッチェ広島は11月24日に初優勝して、佐藤寿人は得点王となった。

「君と羊と青」は、私にとって、そういう曲なんだ。サンフレッチェ広島と、そして佐藤寿人との記憶がしっかり刻まれている曲なんだ。

今年、秋に、再び「君の名は。」のお陰で「君と羊と青」の、あの年のことを鮮やかに思い出した。
そして、今、サンフレッチェ広島は揺れている。2012年のような輝きはない。
もしかしたら、佐藤寿人を失うかもしれない。
もしそうなれば、ハッキリ言っておこう、森保監督とフロントの大きな失策だ。
寿人が広島に残る決断をしても、もはやうまくいかないような気もするし。
そう、あの年の輝きは、失われたのだ。

もちろん、それでもサンフレッチェ広島を愛する気持ちは変わらないし、これからもずっと応援していく。
いずれサンフレッチェ広島も、再び輝きを放つ時がやってくるだろう。10年位、いや、それよりもっとかかるかもしれないけど。
また、寿人がどういう決断をしようと、一生かけて応援する。
寿人は、特別の中の、更に特別の中の、また更に特別なんだ。
それはずっと変わらない。

そして
私たちに2012年は戻ってこない。
「君と羊と青」とともに、永遠に記憶には刻むけど。

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佐藤寿人選手を心から愛する私達が、今やるべきこと……私たちは広島人として佐藤寿人を失っては絶対にいけない。

佐藤寿人には、どれだけ救われたことだろう。どれだけ助けてもらったことだろう。
寿人がサンフレッチェ広島に来た頃からサンフのサポならわかるはずだ。

寿人がサンフレッチェにいてくれるから
私たちは絶望を耐えることが出来た。
虚しさの底にいても、天上に希望の光を見ることが出来た。

寿人がサンフレッチェにいてくれるから
あの歓びの絶頂は更に高いものになった。
サンフレッチェ広島を、誇り高きクラブであると胸を張ることができる。

あれは忘れもしない、2007年。
J2降格が決まってしまったスタジアムでサポーターに向けた寿人の魂の叫び。「絶対に1年で戻ろう!!」。
シーズンオフの数多の他のクラブの移籍交渉をすべて断り、約束通り2008年には28得点を上げ圧倒的な強さでJ2を制覇。約束通り、1年でJ1に戻ってきてくれた。
考えても見てくれ。あの年、日本代表だった寿人が、サンフレッチェ広島を去っていたら……
もしかしたら、サンフレッチェはあれからずっとJ2のカテゴリーで戦っていたかもしれない。(その確立は、マジに高いと思う)

そして、あの日も忘れはしない。2012年、11月24日。
まず、サンフレッチェ広島がセレッソ大阪に勝ち、2位の仙台のゲーム結果を待っていた。仙台は0対1で破れ新潟かた勝ち点を取れなかった。
初優勝。
エディオンスタジアムに歓喜の渦が広がった。
その時、寿人は……
歓びの輪から一人外れて、膝をついて頭をピッチにつけて泣き崩れていた。
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寿人……どれだけサンフレッチェ広島のことが好きなんだよ。それだけ広島のことを愛してくれているんだよ…… 。

寿人はサンフレッチェ広島の一部であり、サンフレッチェ広島は寿人の一部である。
その2つは分かれることはできない。
私はずっとそう思ってきたし、これからもそう思っている。
私にとって、世界で一番尊敬する人は、両親と佐藤寿人だ。

私達サポーターは、全力で佐藤寿人を引き止めなければならない。そのためにするべきことは……

最後に決めるのは、佐藤寿人だ。私はその意志を全面的に肯定する。
しかし、佐藤寿人は永遠にサンフレッチェ広島で戦って欲しい。紫の戦士でいて欲しい。
寿人がいないサンフレッチェ広島を、これまでのように応援できるかどうか、自信がない。

多くのサンフレッチェ広島サポがそうなんだと思う。

ハッキリ言おう。私たちは、佐藤寿人を愛しているのだ、永遠に。


だから、みんな、毎日メールを打とう。手紙を書こう。
寿人にラブレターを送ろう。
それしかないよ。
フロント任せではなく、私達は寿人を愛していることを、ずっと紫の戦士でいて欲しいことを熱く強烈に伝えよう。
今すぐ、やろう。
メールは公式サイトから送ることができる。

サンフレッチェ広島にとって、いや、広島にとってとても大切な人を、私達は、失ったしまうかもしれない危機に今あるんだよ。

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