サッカーは世界の共通言語の一つ……深く静かに、旧市民球場跡地にスタジアム計画

今日は、数日ぶりに「深く静かに、旧市民球場跡地にスタジアム計画」の一つを記事にしてアップしたいと思います。
が、本日の記事は、その前説でもあります。が、本日の記事の内容は、なぜ、旧広島市民球場跡地にサッカー場を含めた複合スタジアムを建設するべきか、の、一つの論拠になるものなので、前説ではありますが、ここをぜひ、理解していただきたいので、ひとつの記事としてアップさせていただきます。
さて、今日、私がこの記事を読んでいただける方に、改めて伝えたいのは、サッカーは世界の共通言語の一つである、ということです。

FIFA加盟団体数は、国際連合加盟国より多い

サッカーに近いものは世界各国で行われていましたが、近代サッカーを確立されたのは19世紀の後半のイギリスです。まさに大英帝国が世界へ進出していた時代。サッカーも大英帝国とともに世界へ広まっていきました。もちろん、その広まり方はどうだったんだ、という総括も必要なのでしょう。が、事実として広まったことを、本記事では取り上げさせていただきます。
そして、現在。国際サッカー連盟(FIFA)に加盟する団体(FIFAは1国1代表ではなく、協会の加盟も認めているので、団体と表記しています)は、209協会。国連の加盟国は193カ国なので、サッカーがあらゆる国で行われているスポーツであることは、納得していただけるでしょう。
つまり、サッカーは、間違いなく世界の共通言語の一つなのです。

統一のルールで、世界のあらゆる国々の人たちが、サッカーを楽しむことができる意義

考えてみて欲しいのですが、全く異なった文化や価値観を持った国の人たちが、統一されたルールのものに、同じ目的を達成するために、全く考え方が違う人たちが、ピッチの中で2つのチームが共同作業をしているのです。
私が、2005年に次のようなことを当時のブログに書いていましたので、自分で自分のブログを引用するのはどうかとも思うのですが、結構いいことを書いているので(^^;)、恥ずかしながら引用させていただきます。

(ここから)
僕は、大学で地理学を勉強してきた。世界各地に伝わる生活・文化等の違いが面白いから。違うから面白い。日本でも世界でも。この違いを発見し認めることが、世界の人達が仲良くする基本だと思います。生活、文化、習慣の違いを認めることができないと、そこに諍いが生じます。戦争もそう、夫婦や恋人のケンカも、違いを認めない、自分と同化させたい、というやり方が、招いてしまうものです。
さて、違いを認めるのが素晴らしい、と思っている僕ですが、文化の違う人達が、全く同じルールで同じ目的を達成しようとする。これも実に面白い。それがサッカーなのですね。
肌や目の色や、イデオロギーや………何が違おうと、ルールは一つ。勝つか負けるか引き分けるか。それしかないのです。
ただプレイするには、ボール一個と広場があればいい。
インプレイ中の90分間(延長があると伸びるけど)は、どんな金持ちだろうが、どんなに権力のある政治家だろうが、口出しは無用なのである。その時間は特別な時間。夢のような時間。ほら、国と国とが勝ち負けを争っても、とても幸せな形がありだろう、と神様がメッセージをくれているみたい。
こんな時間が、スタジアムの中の90分だけではなく、もっと広がり、もっと長く続きますように。
勝っても負けても、素敵なゲームをありがとう。
(ここまで)

我ながら、今読んでも、なるほどね、と思うのです。
自分で書いていて、誉めるのもどうだと思うのですが、特に次の一文が好きなのです。
「ほら、国と国とが勝ち負けを争っても、とても幸せな形がありだろう、と神様がメッセージをくれているみたい」

違う相手を認めながら、同じことをする。やり方は違うけれど、目的は同じ。基本はフェアプレイ。ゲームが終わったら敵味方なし。
私は、サッカーを政治利用することは許されないことだと思ってますし、あってはならないことだと思います。
現実には、いろいろ問題もあるのでしょう。
しかし、サッカーの向こう側に、何やら、平和な世界が見えてくるのです。
世界の、みんなの、違いを認め、認めた上で、プレイする。それは、どこか平和につながっているような気がするのです。

原爆ドームの隣に、何があるべきか

さて、話を少し、広島に戻しましょう。
地図をご覧ください。

大きな地図で見る

旧広島市民球場跡は、原爆ドームを道一つ挟んだ北側にあります。
原爆ドームがあり、その北の道路に、原爆ドーム前、という市電の駅があります。その駅を北側に渡ったところの、緑色のところの一部が、旧市民球場跡地です。
原爆ドームは、負の遺産です。そして、かつての広島市民球場は、未来への空間でした。市民球場で響いた球音は、広島の人たちの、力強さと明るさと、常に潜在的にある平和絵の願いへの思いの鐘の音でした。
やはり、平和公園、原爆ドーム、広島市民球場へとつながるあのエリアは、広島の人にとっては特別であり、戦争の惨さ、意味の無さ、そして平和の尊さを世界の人達に、説明するのではなく、理屈ではなく、体で感じ取っていただけるエリアでした。

私は、将来も、このエリアはそうあるべきだと思っています。
広島は、戦争の惨さ、平和の尊さを、積極的に世界に伝えていく権利があるし、そうするべきだと思うのです。

さあ、旧広島市民球場跡地には、何を作ればいいのでしょうかねえ……。原爆ドームの向こう側に、何やら、平和な世界が見えてきて、いいのではないでしょうか。

次回の「深く静かに、旧市民球場跡地にスタジアム計画」は、
広島の発展、という目線で考えた記事をアップする予定です。

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