イビチャ・オシムの遺伝子……サンフレッチェ広島の隠れ遺伝子

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本日はもう、私の私見だらけの記事なので、異論のある方も多くいらっしゃるかもしれませんが……。
また、極めて私の個人的な記事になっております。そこのところ、よろしくです。

もう、何年も前の事になるのですね、時が流れるのは疾い。
その頃、僕はサッカーにはほとんど興味がなく、ワールドカップや代表のゲームには興味を持つといつ、Jリーグには興味のない日本人のサッカーに対するマジョリティーに属していました。
そんな僕に、サッカーのフィルターを通しながら、向こうから鋭い光を投げかけてくる人が居たのです。それが、当時のジェフの監督=イビチャ・オシム氏でした。

考えながら、走る。は私の人生を決定づけた(大した人生ではないですが……)

オシム監督の代名詞といえば、「考えながら、走る。」
その言葉を筆頭に、オシムの発する言葉が、当時の(今でもそうですが)僕の心の深くに突き刺さりました。サッカーのみではなく、生き方にも関わる言葉。
もしかしたら、そこが起点となり、サンフレッチェ広島に近づいていったのかもしれません。

ミシャは、オシムの教え子

私は、サッカーに興味を持ち始めたのは、当時小学校4年生だった息子が少年サッカーを始めたことがきっかけでした。しかしそれは、あくまでもサッカーへの興味。
サンフレッチェ広島のファンになるきっかけは、当時のサンフレッチェ広島の監督が、オシムの教え子と言われている人だった、ということです。
そうなんです。最初は、イビチャ・オシムだったのです。

当時の広島の監督ば、ミハイロ・ペトロヴィッチ。ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチの愛称)は、いろいろあったSKシュトゥルム・グラーツのアシスタントコーチ兼アマチュアチームの監督に就任するのですが、その時のトップチームの監督が、イビチャ・オシムだったのです。(もう皆さんご存知ですよね……^^;)
ミシャ、この時にオシム監督の影響を強く受けていてその後の彼のサッカー観や指導に大きな影響を及ぼしたと言われています、さらに、ミシャがサンフの監督に就任した経緯には、間違いなくイビチャ・オシムの力添えがからんでいるのです。
サンフのサッカーの何処かに、オシムの遺伝子が入っているのです。

私は、ミシャの向こうに、イビチャ・オシムを見ていたのです。

サンフレッチェ広島は、おそらく、いつの時代も強くなろう、そして広島の人から愛されようとしているチームであることは間違いないのですが、監督にミハイロ・ペトロヴィッチを迎えてから、そのベクトルは上向きになり、そのスピードと力強さにも加速度がつきました。
どんどん強くなる広島。広島のサッカーが面白くなってきている。J2へ降格がありながらも、評判は高い。当時それほどJリーグに興味がなかった私のところにまで、広島のサッカーが面白い、とい評価が伝わってきました。
そして、それはミハイロ・ペトロヴィッチその人の功績でもあり、私はさらに言えば、オシムもそこに一役買っている、と思っています。私は、ミシャを通じて、イビチャ・オシムを見ていたのです。サンフレッチェ広島のサッカーを通じて、イビチャ・オシムが、何かのメッセージを届けてくれるように感じて、僕は、サンフレッチェ広島のサッカーに、のめり込むようになったのです。

イビチャ・オシムは、僕にとっては別格です

オシムは、ともすれば、崩れ落ちそうになっていた、当時の僕を支えてくれた。結局、僕は、ある意味崩れ落ちてしまったのだけれど、それでもまだ、這い上がろうとしているのは、いつも、頭の何処かで、オシムの言葉が響いているからなのです。「考えろ、もっと戦略を練れ。足を止めるな、お前にはそんな余裕はないぞ。そうだ、考えながら、走れ。」と。

イビチャ・オシムの隠れ遺伝子は、サンフレッチェ広島の選手や、ミシャと一緒に指導経験もある森保監督によって、受け継がれている、と私は思っています。
その遺伝子は広島のものとなり、成果としての連覇があったわけです。
サンフレッチェ広島は、森保監督を中心に、今年はさらに進化してくでしょう。
そして、更に進化するサンフレッチェ広島のサッカーを見るたびに、今年も、僕は、「考えながら、走っているか?」 と自問自答するのです。

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